人の生活を見たい。

求めたのは多様性

はじめてのWWOOF経験してみました。後編

おはこんばんちわ、すぐるです。

前回、前編として出発から1日の流れまで書いたので、今回は学んだことや感想をメインに書いていこうと思います。

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↑臆病な性格のかりん。家族の一員です。

野菜を食べてました笑

 

 

景色を見て

 

ずっと農作業していたわけではなく、

震災の状況を知りたいという僕を気遣ってくださり、

仕事の合間を縫って美知さんがドライブに連れてってくれました。

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走っている途中にも「ここに津波が来ていた」とか「もっと家があった」など過去の状態を話してくれたので、ありがたいと感じた。

一人で来ていたら全然わからなかった。

 

実際の福島をみた僕の感想は

6年経った今では、更地のところは更地で家の建っているところは建っているという感じではっきりと区別されているように見える。

がれきはほとんどなかった。

海沿いを走っているときに、

運転席で「ここのきれいな海岸線が好きだった」と語る美知さん。

しかし今では7メートルの堤防があって海はほとんど見えなくなっていた。

津波が来たので対策をとるという意味では当たり前なのかもしれないが、被害の中にはなくしたものだけでなく、対策のために重たい荷物を持ったような息苦しさもあるように感じた。

 

 

塩屋埼灯台に到着!

 

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塩屋埼灯台 - Wikipedia

 

近くの売店に震災当時の写真が並べられていた。

今では想像できないくらいぐっちゃぐちゃだった。

 

灯台に登るか聞かれて、せっかくきたから登ろうと思い、登ることに。

「私は待ってるから」

高いところが苦手な美知さんを残して一人で登ることに。

いやー景色がきれいだった!

実は前回一枚目に使ったこの写真↓

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これが頂上からの景色です。

テンション上がって写真撮りまくりました笑

これが見えなくなるのは確かに悲しいよな。

 

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小林夫妻ってこんな人!

少し話が暗くなったのでおふたりがどんな人だったのかお話ししようと思います。

小林勝弥さん(右)

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仕事としては農作業担当。

明るくなってから暗くなるまで仕事をするという動物のようなスケジュールを組む。

脱いだものは脱ぎっぱなし、お腹いっぱいになったら即寝るという子供っぽさがあり、美知さんによく「ガキ大将」と怒られる。

しかし、仕事に対する集中力が高く、収穫した野菜の質はかなり良い。

 

仕事途中、こんなことを言っていた。

「農業は長い目でみないとだめですよ。」

勝弥さん曰く、農業には地味でつらい作業がほとんど。でもその作業がなぜ必要なのか、どういう成果を生み出すのか、それが分からないと農業を面白く感じられないんだそう。

僕も高校は農業をやっていたけど、この考えには至らなかった。この考えに気付けることも才能の一つかなと感じた。

 

常に落ち着いていて、冗談を言って和ませてくれるところも

長い目で見ている余裕から出てくるのかなと思ったり。

 

 

小林美知さん

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仕事はマネジメント担当。

袋に張るラベル作りや、出荷、市場視察など。

本人曰く、農作業はあんまり向いていないそう。

 

お話し好きでいろんなことを話してくれた。

震災当日に家族がバラバラになった話や、施設で働いていた時のお話など。

その施設一緒に働いていた勝弥さんと出会ったそうな。

震災当日はとにかくパニックで、自宅の土地でやっていた障がい者施設の利用者さんを避難させて、津波が来るからとにかく逃げてという話も聞けた。

 

 

美知さん、勝弥さんの事すごい好きで、のろけ話まで聞かせてくれた笑

勝弥さんは「自分を高めてくれる人」らしい。

お互いに60過ぎても好きな人と暮らせるなんて幸せだよなーなんて思った。

 

そして料理上手。朝食には必ず米食パンが出る。モチモチしててうまい。

 

 

10日間終わってみての感想

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10日間終わって、小林さんの自宅からいわき駅まで送ってもらった。

その途中で放射能の話になった。

原発事故が起きた直後、どこかの大学の教授が来て、国からも「放射能の影響はほとんどない。」と言われたらしい。

でも結局それは混乱させないための情報で、その教授も2度と来なかったらしい。

そんなことがあっては国すら信じられないのかと悲しくなる。

放射能は色も匂いもしないし、影響も出るのか出ないのかはっきりしない。

美知さんは「私たちが実験台」と言っていた。

覚悟が垣間見えた。

 

「福島を離れようとは思わなかったんですか?」と聞くと

すこし考えて「それは思わなかったね」と言っていた。他に選択肢が浮かばなかったという感じがした。

それに、集まってくれる人がいる。

オーガニックコットンを栽培する「かりんの会」というボランティア団体が小林さん夫妻を中心にできていた。2カ月に1、2回のペースで活動をしているらしい。

風評被害、実際の被害、があったとしても一緒にやりたいと言ってくれる人がいるからやる。潔い覚悟。

最後に「来てよかった」と握手をし、帰路につきました。

 

今回の目的である、「原発事故の被害を受けた福島に住み続けている人はどんな思いをもって住んでいるのか

それを知ることができました。

本当に行ってよかった。

 

それでは、また